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ありがとうございました。

竹田アートカルチャー2011は会期を無事に終了致しました。
地域の方、協力してくださった方、出展してくれた作家の皆さん、
本当に、本当に、ありがとうございました。

たくさんの支援と協力を多くの方に頂きながら、
ひとまずは成功したと言えるイベントになったのではないかと思います。


しかしながら、竹田への挑戦はまだまだ始まったばかりです。
少しづつではあると思いますが、この歩みを止めることなく前へ進んでいかなければなりません。
少子高齢化、人口減少、経済の問題。それに伴う様々な弊害。
この地に転がる大きな岩は城下の散道に横たわり、その道を塞いでいます。
それでも僕ら若い世代はその山とも呼べる岩と向き合わなければなりません。

かつて先人が岩を砕き道を掘り、この地に「竹田」を造った様に、
できないことはない、やるかやらないかだ。

それに良くないことばかりではありません。

今日の先程、嬉しく有難いことがありました。
東京大学の「竹田の情感町づくり」のプロジェクトメンバーが
「傾く家」を訪ねて来てくれて、皆で意見交換をしました。
遠く東京の人たちが竹田のことを考えてくれているのだと思うと心強く思います。
今後も何かしらの連携をしていきたいと思います。

時間は少々かかるだろうけど、
来年城下町400年のこの町からしたら僕らは皆ひよっ子です。
今は大きな岩を小さな口ばしで突付きながら、これからもトンネルを掘っていきたいと思います。

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by taketa-artculture | 2011-10-21 15:03 | top

これから

竹田には多くの文化がある。景観がある。偉人を輩出してきた街でもある。
田能村竹田、廣瀬武夫、滝廉太郎、佐藤義美。その偉人達を囲炉裏の暖火として多くの文化人が囲んだ。
竹田の城下町は荒城(岡城)と共に栄え、九州を代表する自然都市のひとつだった。

地方都市が存続の危機にある、一時期のニュースで頻繁に伝えられていた。竹田町もその例外ではない。

今、竹田の商店街は時代の流れの中で、下流へと向かう丸太船の上に軒をかまえる。
上流を背にし、時代の変化に腕組みをしたまま船は確実に進んでいる。

このプロジェクトを作りあげる段階でたくさんの町の声を聴くことができた。
長い間、この町を支えてきた御高齢の方々の言葉。

「若い方に託す・・・」

空き店舗が増え、下ろされたシャッターの連なりは、冷たい壁のようだ。


それでも、まだ誰もこの町を諦めてはいない。
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カトウ リョウ
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by taketa-artculture | 2011-08-12 14:46 | top

竹田アートカルチャー2011 「地域文化」と「現代アート」  2011年10月8日~10月16日

開場時間が変更になりました。決定→11:00~17:00
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by taketa-artculture | 2011-08-02 22:34 | top